来世はアイドルになりたい

アイドルという職業推し

担降りと言えない



先日友達の担降りブログを読んだ。

あんなに彼にお金をかけていたあの子は、もう彼に会いにいかないんだと思った。
彼が1番じゃなくなったんだと思った。



担降りの基準ってなんなんだろう。多分人それぞれなんだろうけど。

優先順位が変わったらもう担降りなのかもしれないし、ちょっとでも好きなら何番目だろうと担降りにならないのかもしれないし。



私は昔からアイドルが好きだ。

でもずっと同じ人を同じ熱量で応援してるわけじゃない。

どんどん変わってってるけど前に好きだった人を「降りた」と言えない。




嵐の二宮くんで話してみようと思う。


6.7年くらい前かな?二宮くんのファンになった。
ファンになって初めて買ったアルバムが僕の見ている風景だったから、多分その頃のはず。

初めてあんなに同じCDを聞いた、初めてファンクラブに入った、初めて自分の意思でライブに行った、初めてグッズを買った。初めてあんなにワクワクした。


いろんな初めてが二宮くんだった。

二宮くんが好きだった。



でもそのあと色んなアイドルを好きになった。

関ジャニ∞の錦戸くんも好きだったし、V6の三宅くんも好きだし…いろいろ挙げ出したらきりがないけど二宮くんが1番じゃなくなったときがあった。


でも二宮くんは好きだった。

1番じゃなくても二宮くんが好きだった。

だから私は二宮くんのファンだと思ってた。

思いたかった。


「恋人とかじゃないしだし何人好きでも問題ないじゃんw」
本心でもあるけど自分にそう言い聞かせた。


「ファンじゃなくなった」なんて、そんな風に言えなかった。

なんでだろう、二宮くんに勝手な申し訳なさでも感じたのか。
1度好きだと思ったのにやめるっていう、中途半端になってしまうことが嫌だったのか。


分からないけど私は二宮くんのファンでありたくて。

CDもDVDも欠かさず初回限定版を買った。
予約ギリギリで必死に探して買ったりした。
1度逃したらきっと買わなくなってしまうと思ったから。

だってそれらを買うことがファンの証明だと思った。

その頃に買った物たちはまだビニールをかぶったままなのに。



去年、ジャニーズじゃないアイドルにハマった。
私の買ったCDが確実に彼らの力になってるって感じられる、そんな地方のアイドル。
会える機会が、お金を使う機会がたくさんあってたくさん使った。



お金ないし、嵐のCDはいっか。




そうして嵐のCDは買わなくなった。


何年か続けた私なりの「ファンの証明」をやめてしまった。



私は二宮くんのファンって言いたい。
二宮くんのことが好きじゃなくなったわけじゃないから。
面白いと思うレギュラー番組は見てるし、見たら二宮くんのこと好きだなぁって思ってる。
 

二宮くんのことは好きだ。

けど、二宮くんに夢中で、お金をかけて、まるで世界の中心が二宮くんみたいだったあの頃の私はいない。
中心はもう変わってしまった。


厳密な定義は置いておいて、例えるならオタクからファンになった感じ。
二宮くんのことは好きでも1番じゃなくて、二宮くんのことに必死にもならない。



これって担降りなのかな。人によっては普通に担降りだろうな。

でも私にとっての担降りはさっきの例えで言うと、オタクもファンもやめてしまうことだって思ってる。
好きじゃなくなってしまうこと。
1度好きになった人のこと、そうそう全く好きじゃなくなることないんだろうけど。

結局私のこの担降り基準は私に甘くて、担降りって言いたくない勝手な私の意地で出来てるんだけど。


だって好きじゃないわけじゃないから。ファンであることを否定したいわけじゃないから。




だから私の好きなアイドルはきっとこれからも増えるけど、でも担降りとは言わないだろうなぁ。





担降りって言えない。






担降りって言いたくない。





たとえ心の片隅のほんの少しの気持ちだとしても、きっと死ぬまであなたのことは好きだから。